PMSと漢方 治療の選択肢と通院配慮
PMSの薬はピルだけではない ― 漢方をめぐる4つの誤解と、人事が備えられること
PMSかどうかを職場で判断するのではなく、症状が仕事や日常生活に影響しているのであれば、婦人科という相談先があることを伝える。
ここまでは、女性の健康支援に取り組む企業でも少しずつ浸透してきました。
では、その先はどうでしょうか。
従業員が実際に婦人科を受診したあと、どのような治療が行われ、どのくらいの期間をかけて調整していくのか。人事担当者が治療内容に立ち入る必要はありませんが、その輪郭を知っているかどうかで、受診後の支援は変わります。
PMSの治療というと「ピル」を思い浮かべる方も多いと思います。一方で、診察室では「ホルモン剤はできれば使いたくない」「漢方で治療したい」という希望を聞くことも少なくありません。
今回は、PMS治療の選択肢の一つである漢方を題材に、企業側が誤解しやすい4つのポイントを整理します。
誤解1 PMSの治療といえば、ピルである
PMSは、月経前3~10日ほどの時期に、精神的・身体的な症状が現れ、月経開始とともに軽くなったり消失したりする状態です。
イライラ、気分の落ち込み、不安、眠気、疲労感、頭痛、むくみ、乳房の張り、腹部膨満感など、症状は非常に多岐にわたります。
治療では、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬などのホルモン療法が選択されることがありますが、それだけが治療ではありません。
生活習慣の見直し、運動、認知行動療法などの心理的アプローチ、SSRI、症状に応じた対症療法、漢方薬など、複数の選択肢があります。
つまり、PMSの治療は「ピルを飲むか、我慢するか」の二択ではありません。
ホルモン療法に抵抗がある方や、体質・既往・本人の希望などを踏まえて、別の治療法を選ぶこともあります。
人事担当者が覚えておくべきなのは、薬の名前ではありません。
「治療の選択肢は一つではないので、その希望も含めて医師に相談して大丈夫です」
と伝えられることです。
「ピルは飲みたくない」という理由だけで受診そのものをあきらめてしまわないようにする。それだけでも、企業側にできる支援になります。
誤解2 漢方は「なんとなく体質を整える薬」である
漢方というと、「体質改善のために長く飲むもの」「どれを飲んでも似たようなもの」と捉えられることがあります。
実際には、漢方薬は症状や体質、全身状態などをみながら選択されます。同じPMSという診断であっても、全員が同じ薬を処方されるわけではありません。
日本産科婦人科学会のPMS・PMDD診療指針では、当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸などが挙げられており、抑肝散や抑肝散加陳皮半夏などが検討される場合もあります。
例えば、加味逍遙散はイライラ、不安、気分の変動などの精神神経症状を伴う場合に用いられることがあります。
一方で、冷えやむくみなどが目立つ人に別の処方が選ばれることもあります。
ただし、ここで注意が必要です。
「イライラならこの漢方」「落ち込みならこの漢方」と、PMSについて単純に一対一で決まるわけではありません。
また、日本では漢方が広く用いられていますが、PMS・PMDDに対する臨床効果については、ピルやSSRIほど十分なエビデンスが蓄積されているわけではありません。
そのため、職場でよくある
「私はこれが効いたから、あなたも飲んでみたら」
という善意の情報共有には少し注意が必要です。
体調の経験を共有すること自体は問題ありません。
ただ、それを企業側が治療の推奨に変えてはいけません。
人事担当者としては、
「そういう選択肢もあるようなので、主治医に相談してみてください」
というところまでにとどめることが重要です。
誤解3 最初の薬が効かなければ、その人には治療法がない
PMS治療では、最初に選んだ治療が十分に効かないことがあります。
しかし、それは「治療しても治らない」という意味ではありません。
効果、副作用、本人の希望などを確認しながら、治療内容を調整していくことがあります。
生活習慣の改善だけでは十分でなければ薬物療法を検討することもあります。
ホルモン療法が合わなければ、別の治療を考えることもあります。
精神症状が強い場合にはSSRIが選択されることもありますし、必要に応じて精神科や心療内科と連携する場合もあります。
漢方についても、症状や体質を再評価しながら処方を見直すことがあります。
つまり治療は、一度の診察で「正解の薬」を見つけて終わるものではありません。
その人に合う方法を探しながら、少しずつ調整していく過程です。
このことは、職場にとっても重要です。
PMSを含む婦人科診療では、初診だけではなく、その後の経過を確認するために再診が必要になることがあります。
ただし、毎月必ず受診する、何か月間必ず通院するといった一律のルールがあるわけではありません。症状や治療内容によって異なります。
企業側ができるのは、治療スケジュールを決めることではありません。
時間単位年休、フレックスタイム、中抜け、通院日の勤務調整など、短時間の受診でも利用しやすい制度を整えておくことです。
受診を勧めても、実際に病院へ行く時間が確保できなければ、支援はそこで止まってしまいます。
誤解4 漢方は自然なものだから、副作用がなく安心である
「漢方は自然由来だから、副作用がない」
これはよくある誤解です。
漢方薬も医薬品です。当然、副作用が起こる可能性があります。
例えば、甘草を含む漢方薬では、偽アルドステロン症による血圧上昇、むくみ、低カリウム血症などが問題になることがあります。
また、山梔子を含む一部の漢方薬では、長期使用と腸間膜静脈硬化症との関連が知られています。
そのため、
「漢方だから長く飲んでも安全」
とは言えません。
一方で、
「PMSの漢方は月経前だけ飲めばよい」
という統一されたルールがあるわけでもありません。
服用方法や期間は、処方内容、症状、効果、副作用などによって異なります。
企業側が服用方法に口を出す必要はありません。
ただし、一つ知っておいてほしいことがあります。
それは、
「治療を開始した=症状がなくなった」ではない
ということです。
薬を飲み始めても、まだ十分に効果が出ていない時期があります。
薬を変更している途中かもしれません。
副作用のために一時的に中断していることもあります。
そのため、
「病院に行ったのに、まだつらいの?」
という言葉は、本人にとって非常に負担になります。
治療は、症状を一度にゼロにするものではなく、症状の波を小さくし、生活への影響を減らしていく過程だと考えておく方が適切です。
PMSは、仕事やキャリアにも影響し得る
PMSは、単に「月経前に少し体調が悪くなる」という問題ではありません。
症状が強い場合には、仕事、学業、家庭生活、人間関係などに影響します。
大塚製薬が2021年に行った調査では、PMSを自覚し、日常生活に支障がある20~44歳の正規雇用女性285人を対象にした分析で、
「PMSを理由に仕事を辞めたことがある」17%
「辞めようと悩んだことがある」41%
でした。
また、
「昇進を辞退したことがある」18%
「辞退するか悩んだことがある」37%
でした。
ただし、この数字はすべての働く女性にそのまま当てはめられるものではありません。
対象は、PMSを自覚し、日常生活に支障があると回答した、比較的症状の強い集団です。
それでも、
月経前症状がキャリア上の意思決定にまで影響することがある
という点は重要です。
退職や昇進辞退は、人事の目には「本人の意思」として届きます。
しかし、その背景に健康上の問題がある可能性までは、企業側からは見えないことがあります。
だからこそ企業には、理由を詮索することではなく、体調を理由にキャリアを諦めなくてもよい環境を整えることが求められます。
女性の健康施策が空振りするときに確認したい3つのこと
女性の健康セミナーを実施した。
婦人科受診を勧めた。
福利厚生サービスも導入した。
それでも利用されない。
その場合は、新しい施策を追加する前に、次の3点を確認してみてください。
1.「PMS=ピル」という情報だけになっていないか
PMSの治療には複数の選択肢があります。
社内研修で薬の名前を詳しく教える必要はありません。
むしろ、
「治療方法は一つではありません」
ということを伝えるだけでも十分です。
2.受診を勧めながら、通院しにくい制度になっていないか
婦人科診療では、治療効果や副作用を確認するために再診が必要になることがあります。
ところが、
「半日休暇しか取れない」
「通院のための中抜けができない」
「上司に病名まで説明しないと休めない」
という環境では、受診そのものが負担になります。
企業側が知る必要があるのは、従業員が何の薬を飲んでいるかではありません。
必要なときに医療機関へ行ける働き方になっているか
です。
3.「受診した=解決した」と考えていないか
受診はゴールではなく、治療のスタートになることがあります。
治療方法を変更することもありますし、症状を記録しながら経過を見ることもあります。
産業保健スタッフなどが継続的に関わる場合には、
「病院には行きましたか?」
で終えるのではなく、
「今も仕事をするうえで困っていることはありますか?」
と確認する方が実務的です。
治療内容を聞き出す必要はありません。
企業が確認すべきなのは、薬の名前ではなく、仕事上の支障が残っているかどうかです。
人事が知っておくべきなのは「薬の名前」ではなく、「治療には幅がある」ということ
ここまで漢方について説明してきましたが、人事担当者が漢方薬の名前や使い分けを覚える必要はありません。
むしろ、詳しくなりすぎると、
「その症状なら、この薬がよいそうです」
という、本来企業が行うべきではない医療判断に近づいてしまいます。
覚えておいてほしいことは、二つだけです。
PMSの治療はピルだけではない。
そして、
最初の治療が合わなくても、別の選択肢がある。
漢方もその選択肢の一つですが、すべての人に効くわけではなく、「自然だから安全」というものでもありません。
企業が治療方法を決める必要はありません。
必要なのは、
「治療には選択肢があります。専門家に相談してみてください」
と言えること。
そして、受診した従業員が治療を続けやすい働き方を整えることです。
それが、企業ができるPMS支援の現実的な役割だと考えます。
企業・団体のご担当者さまへ
フィデスレディースクリニックでは、婦人科診療に加え、企業・団体向けに女性の健康課題に関する講演、取材協力、Well-being経営サポートも行っております。
女性の健康支援、職場における婦人科課題、更年期・月経・PMSなどをテーマにした講演・研修・記事監修などをご検討の方は、下記よりお問い合わせください。
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執筆・監修
内田 美穂(産婦人科専門医/医療法人社団レースノワエ 理事長、フィデスレディースクリニック田町 院長、フィデスレディースクリニック上野 総括院長)
出典
大塚製薬「PMSラボ」PMSの仕事への影響に関する調査(2021年9月/PMSの症状が重い正規雇用の女性285人):https://www.otsuka.co.jp/pms-lab/about/influence/work.html
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療について迷われる場合は、産婦人科を受診のうえ主治医にご相談ください。