PMSセルフケアの線引き
「食事と運動で改善」はどこまで本当か――PMSのセルフケアと、企業が医療に渡すべき線引き
女性の健康をテーマにしたセミナーを開いた。社員食堂のメニューを見直した。運動習慣づくりのアプリも導入した。
それでも、月経前の不調に関する相談は上がってこない――。
健康経営を進めている企業ほど、この手応えのなさに突き当たることがあります。
施策が悪いわけではありません。
問題は、PMS(月経前症候群)に対して「どこまでがセルフケアで届く範囲で、どこからが医療の仕事なのか」という線が、社内で共有されていないことです。
この線が曖昧なままだと、本来は医療機関を受診した方がよい従業員に食事やサプリメントの話だけが届いたり、反対に、生活習慣を少し見直すことで改善する可能性がある人が何もせずに過ごしたりします。
企業がPMSを診断したり治療したりする必要はありません。
必要なのは、セルフケアでできることを正確に伝え、それだけでは不十分な人を適切に医療へつなぐことです。
本稿では、産婦人科の診察室で実際にお伝えしている内容も踏まえながら、この線引きを人事・健康管理担当者が使える形で整理します。
セルフケアでできること――まずは「特定の食品」より食事全体を見る
PMSは、月経前に気分の落ち込み、いら立ち、眠気、むくみ、乳房の張り、頭痛など、さまざまな心身の症状が現れ、月経開始とともに軽くなっていく状態です。
発症の仕組みは完全には解明されていませんが、排卵後の女性ホルモンの変動などが関係すると考えられています。
食事については、「これを食べればPMSが治る」というものがあるわけではありません。
基本になるのは、特定の栄養素だけに偏らず、バランスよく食べることです。
そのうえで、PMSとの関連が研究されている栄養素として、カルシウム、ビタミンB6、マグネシウム、ビタミンDなどがあります。ただし、栄養素ごとに研究の蓄積やエビデンスの強さには差があります。
また、玄米や全粒穀物、豆類などに含まれる複合炭水化物を取り入れることも、食生活の工夫として挙げられています。
企業が社員食堂や置き型食品サービスを運用しているのであれば、
・白米だけでなく玄米や雑穀を選べるようにする
・豆類や野菜を使ったメニューを増やす
・乳製品や小魚などカルシウムを摂取できる選択肢を用意する
・特定の食品に偏らず、複数のメニューから選択できるようにする
といった工夫は取り入れやすいでしょう。
重要なのは、「PMSに効くメニュー」を作ることではなく、従業員が無理なくバランスのよい食事を選択できる環境を整えることです。
サプリメントについても選択肢にはなりますが、「食事では足りないから、とりあえずサプリを飲めばよい」という考え方は適切ではありません。
PMSに対する有効性が十分に確立していない成分もあり、過剰摂取や薬との相互作用にも注意が必要です。
利用する場合には、必要に応じて医師などの専門職に相談することを勧めます。
運動は「頑張る」より「続けられる」が重要
定期的な運動は、PMSの症状軽減に役立つ可能性があります。
有酸素運動、ヨガなど、さまざまな運動について症状改善を示した報告があります。
一方で、「どの運動を、どのくらいの強度で、何分、週何回行うのがPMSに最も効果的なのか」まで明確に決まっているわけではありません。
したがって、企業がPMS対策として運動施策を導入するときに重要なのは、運動強度を競わせることではありません。
むしろ、
・参加を任意にする
・体調に合わせて運動量を調整できるようにする
・歩数や運動量の順位だけで評価しない
・「毎日少しでも続けられた」ことを評価する
といった設計の方が、従業員が無理なく継続しやすくなります。
月経前には、眠気、だるさ、頭痛、気分の落ち込みなどが強くなる人もいます。
体調が悪い日にまで「歩数目標を達成しなければならない」「運動しないとポイントがもらえない」と感じさせる仕組みは、女性の健康支援という目的とは相性がよくありません。
企業が提供すべきなのは、運動を義務化する仕組みではなく、体調に合わせて身体を動かせる選択肢です。
ストレスは「本人のセルフケア」だけに任せない
ストレスとPMSには関連があります。
また、ストレスを減らす方法として、睡眠を確保する、運動をする、ヨガやマインドフルネスを取り入れるといったセルフケアが役立つこともあります。
ただし、企業にとって重要なのは、ここで話を終わらせないことです。
従業員が感じているストレスの原因が、
・過剰な業務量
・短すぎる締切
・裁量の少なさ
・長時間労働
・上司や同僚との人間関係
にあるのであれば、それを「ストレスとうまく付き合いましょう」という個人の問題に置き換えることはできません。
本人がストレスを管理することと、企業がストレスの原因になっている職場環境を改善することは別の話です。
したがって、ストレス対策は、
個人へのセルフケア支援
と、
組織側の環境改善
の両方を並行して行う必要があります。
ストレスチェックの集団分析や労働時間、休職・離職の状況などを見ながら、特定の部署に負担が集中していないか確認することも重要です。
女性の健康支援を個人の自己管理だけに閉じないことが、健康経営では求められます。
「ここから先は受診」――企業が知っておきたい線引き
では、どのような場合にセルフケアだけではなく、医療機関への受診を勧めた方がよいのでしょうか。
人事担当者がPMSかどうかを診断する必要はありません。
判断の目安としては、次のような状態があれば、婦人科などへの相談を勧めてよいと考えます。
・仕事、学校、家庭生活、対人関係に支障が出ている
・月経前だけではなく、月経中や月経後にも強い症状が続いている
・痛みが強く、市販の鎮痛薬を頻繁に使用している
・気分の落ち込み、不安、いら立ちなどが仕事や人間関係に明確な影響を与えている
・本人が「毎月この時期になるのが怖い」と感じるほど症状が強い
特に大切なのは、月経前に症状があるからといって、すべてがPMSとは限らないということです。
例えば、強い月経痛がある場合には、月経困難症や子宮内膜症など別の疾患が隠れていることがあります。
また、抑うつや不安が月経前だけではなく一か月を通して続いている場合には、PMS・PMDD以外の精神疾患との鑑別が必要になることもあります。
PMSの診断では、症状が月経周期とどのように関連しているかを見ることが重要です。
そのため医療機関では、症状がいつ始まり、いつ軽くなるのかを確認し、必要に応じて症状日記をつけてもらうことがあります。
症状が日常生活に影響しているのであれば、「まず数か月は我慢して生活改善を続けてください」とする必要はありません。セルフケアを続けながら、並行して医療機関に相談して構いません。
仕事への支障は珍しくない――それでも制度の利用は少ない
月経関連症状が仕事に与える影響は、決して小さくありません。
東京都が2023年5~6月に働く女性3,565人を対象に行った調査では、生理痛について、
「1日以上寝込み仕事ができない」が4.5%
「横になって休憩したくなるほど仕事への支障をきたす」が22.6%
「仕事に若干の支障がある」が30.3%
でした。
合計すると、57.4%が生理痛によって仕事に何らかの影響を受けていることになります。
一方、生理痛がある3,077人に困ったときの対応を尋ねたところ、「生理休暇を取得する」は5.1%でした。
最も多かった対応は「鎮痛剤を飲む」の77.8%で、「有給休暇を取得する」は17.0%でした。
この数字はPMSだけを対象にした調査ではありませんが、月経に関連する症状によって仕事に支障が出ている人が少なくない一方、用意されている制度が十分に利用されているとは限らないことを示しています。
企業に必要なのは、制度を作ることだけではありません。
「どのような状態なら休んでよいのか」「どのような状態なら受診した方がよいのか」「受診するためにどのような働き方ができるのか」まで伝えることが重要です。
「婦人科に行ったら何をされるのか」が分かるだけでも、受診のハードルは下がる
人事担当者がPMSの治療方法を説明する必要はありません。
しかし、婦人科に行けばどのような選択肢があるのかを大まかに知っておくと、従業員に受診を勧めるときの言葉が変わります。
PMS・PMDDの治療には、症状や重症度に応じて複数の選択肢があります。
例えば、
・生活習慣の見直し
・運動
・認知行動療法などの心理的アプローチ
・ホルモン療法
・SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの薬物療法
・漢方薬
などです。
ホルモン療法では、低用量ピルなどが選択肢になることがあります。
なかでも、ドロスピレノンとエチニルエストラジオールを含む配合薬は、PMS・PMDDに対する治療選択肢の一つです。
精神症状が強い場合には、SSRIが使用されることがあります。
これは「うつ病の人だけが飲む薬」という意味ではありません。PMS・PMDDそのものに対する治療として用いられる場合があります。
症状の内容によっては婦人科だけで対応する場合もありますし、抑うつや不安が強い場合、ほかの精神疾患との鑑別が必要な場合などには、精神科・心療内科と連携することもあります。
つまり、婦人科は、
「我慢を続けるか、強い薬を飲むか」
という二択を迫る場所ではありません。
症状や生活への影響、本人の希望に応じて、治療方法を一緒に考える場所です。
人事担当者が従業員に伝える言葉としては、
「一度婦人科で相談すると、生活改善以外にもいくつか選択肢がありますよ」
程度で十分です。
それだけでも、受診への心理的なハードルは下がります。
新しい制度を作る前に、今ある制度を見直す
PMS対策というと、新しい福利厚生サービスやフェムテックを導入することを考えがちです。
しかし、実際には既存の仕組みを少し見直すだけでできることも少なくありません。
食に関する福利厚生
「健康的な食事」という抽象的な目標だけではなく、全粒穀物、豆類、野菜、カルシウムを含む食品など、複数の選択肢を取りやすいメニュー構成にします。
PMS専用メニューを作る必要はありません。
運動施策
歩数や運動量だけを競わせるのではなく、継続や参加そのものも評価します。
体調に応じて参加を休めることも含め、「健康施策への参加が新たなストレスにならないこと」が重要です。
健康セミナー
セルフケアだけを教えて終わらせず、
「どのような症状なら医療機関に相談した方がよいのか」
まで必ず伝えます。
セルフケアの情報だけを大量に提供すると、かえって「まだ自分で何とかしなければ」と考え、受診を遅らせてしまう人もいます。
ストレスチェック
結果を本人へのフィードバックだけで終わらせず、集団分析を職場環境の改善につなげます。
「ストレスを減らしてください」と本人に求めるだけでは、企業としての対策にはなりません。
受診の導線
婦人科は平日日中の診療が多く、働いている人にとって受診時間の確保そのものが壁になることがあります。
時間単位年休、フレックスタイム、通院日の在宅勤務など、半日あるいは一日休まなくても受診できる選択肢があるだけで、受診のハードルは下がります。
企業が医療を提供する必要はありません。医療に行きやすい環境を作ることが、企業の役割です。
おわりに――企業が目指すのは「セルフケアだけで何とかさせること」ではない
PMSに対して企業ができることは、大きく分けて二つあります。
一つは、食事、運動、睡眠、ストレスマネジメントなど、日常生活の中でできるセルフケアを実践しやすい環境を作ること。
もう一つは、セルフケアだけでは十分でない従業員を、適切なタイミングで医療につなげることです。
この二つは、どちらか一方だけでは機能しません。
健康セミナーを実施しても、受診する時間がなければ医療にはつながりません。
婦人科受診を勧めても、「これくらいで病院に行っていいのかわからない」と思わせる情報発信では、受診行動には結びつきません。
企業がPMSを治療する必要はありません。
しかし、
「ここまでは自分でできる。ここから先は専門家に相談してよい」
という線を従業員が知っている職場を作ることはできます。
PMS対策に必要なのは、セルフケアを増やし続けることではありません。
セルフケアと医療を適切につなぐこと。
その導線まで含めて設計することが、企業にできる女性の健康支援だと考えます。
企業・団体のご担当者さまへ
フィデスレディースクリニックでは、婦人科診療に加え、企業・団体向けに女性の健康課題に関する講演、取材協力、Well-being経営サポートも行っております。
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執筆・監修
内田 美穂(産婦人科専門医/医療法人社団レースノワエ 理事長、フィデスレディースクリニック田町 院長、フィデスレディースクリニック上野 総括院長)
出典
東京都産業労働局「働く女性の健康に関する実態調査」(2023年5〜6月実施、従業員3,565人・企業207社):https://women-wellness.metro.tokyo.lg.jp/questionnaire/01/