更年期の基礎解説
更年期とは何か ― 症状・原因・治療の基礎と、企業が押さえておきたい視点
従業員から更年期に関する相談を受けたとき、あるいは社内で女性の健康に関する研修を企画するとき、担当者の方にまず知っておいていただきたいのは、対策のアイデアよりも「更年期とはそもそも何か」という基本的な知識です。
更年期という言葉は広く知られるようになりましたが、「40代になったら更年期」「ホットフラッシュがあれば更年期障害」といった理解は正確ではありません。
また、更年期に起こる症状のすべてが女性ホルモンの低下だけで説明できるわけでもありません。
この記事では、産婦人科の診察室で日常的にご説明している内容をもとに、更年期の定義、症状、原因、治療について整理します。あわせて、それぞれの知識が企業の実務にどう関わるのかを考えていきます。
1.なぜ今、更年期が注目されているのか
日本女性の平均寿命は、現在87歳前後です。
一方、日本人女性が閉経する年齢の中央値は50歳前後です。
つまり、現在の女性は、人生の約3分の1を閉経後に過ごすことになります。
そのため、更年期の問題を「数年間の一時的な不調」としてだけ捉えることはできません。
閉経に伴ってエストロゲンが低下すると、ホットフラッシュなどの更年期症状だけでなく、その後は骨量の減少や脂質代謝の変化、泌尿生殖器症状など、女性の長期的な健康にもさまざまな変化が生じます。
だからこそ、更年期は「症状を我慢して乗り切る時期」ではなく、これからの健康について考える一つのタイミングでもあります。
企業にとっても無関係ではありません。
40代、50代は、管理職や専門職として組織の中核を担っている人が多い年代です。
本人が「更年期だから仕方がない」と我慢し、企業側も「年齢によるものだから仕方がない」と考えてしまえば、治療可能な症状によって仕事のパフォーマンスやキャリアが影響を受ける可能性があります。
更年期について正しく知ることは、個人の健康だけではなく、働き続けられる環境を考えるうえでも重要です。
2.更年期とは、閉経を挟んだ前後5年、合わせて10年間
日本では、更年期を閉経前の5年間と閉経後の5年間を合わせた10年間と定義しています。
閉経とは、卵巣機能の低下によって月経が永久に停止した状態を指します。
一般には、ほかに明らかな原因がなく12か月以上月経がないことを確認した時点で、1年前を振り返って閉経と判断します。
つまり、閉経日はその日に分かるものではありません。
「これが最後の月経だった」と分かるのは、原則としてその後1年間月経が来なかったことを確認してからです。
また、閉経年齢には個人差があります。
そのため、「45歳になったから更年期」「55歳だからもう更年期ではない」と、年齢だけで判断することはできません。
企業にとっても、ここは重要です。
年齢だけで対象者を決める制度よりも、年齢や性別だけで線を引かず、症状によって仕事に支障がある人が相談できる仕組みを作る方が実務的です。
3.「更年期症状」と「更年期障害」は同じではない
更年期には、さまざまな心身の症状が現れることがあります。
ただし、更年期に起きた症状をすべて「更年期症状」と呼ぶわけではありません。
日本では、更年期に現れるさまざまな症状のうち、器質的変化に起因しないものを「更年期症状」と呼び、その中でも症状が重く、日常生活に支障をきたす状態を「更年期障害」と呼びます。
ここは企業の担当者にも知っておいていただきたいポイントです。
更年期症状があるからといって、全員に治療や特別な就業配慮が必要なわけではありません。
一方、仕事や日常生活に明らかな支障が出ているのであれば、「更年期だから仕方がない」と本人に我慢を求めるのではなく、医療機関への相談を勧めるべき状態かもしれません。
企業が更年期障害を診断する必要はありません。
本人が困っているか、仕事に支障が出ているか。職場で見るべきなのは、病名よりもこちらです。
4.更年期障害の原因は、エストロゲンの低下だけではない
更年期になると、卵巣機能が低下し、エストロゲンの分泌が大きく揺らぎながら低下していきます。
この変化は、更年期症状が生じる重要な要因です。
しかし、更年期障害はエストロゲンの低下だけで決まるわけではありません。
加齢による身体的変化、心理的要因、家庭や職場などの社会的・環境的要因が複雑に関係して、症状の現れ方や強さに影響します。
そのため、同じ年齢で同じように閉経へ向かっている女性でも、ほとんど症状を感じない人もいれば、仕事や日常生活が難しくなるほど症状が強くなる人もいます。
ここに、企業が更年期対策を考える意味があります。
ホルモンの変化そのものを職場が変えることはできません。
しかし、長時間労働、夜勤、身体的負荷、職場の人間関係、仕事上のストレスなど、本人を取り巻く環境については、企業側から改善できる部分があります。
更年期を「本人の体の問題」だけにしないことが重要です。
5.更年期は、仕事や家庭での変化が重なりやすい時期でもある
更年期にあたる年代は、身体だけでなく、生活環境にもさまざまな変化が起こりやすい時期です。
例えば、
・管理職への昇進や責任の増加
・後輩や部下の育成
・子どもの進学や自立
・夫婦関係の変化
・親の病気や介護
・家族や知人との死別
・自分自身の体力や外見の変化
などが重なることがあります。
これらは更年期障害の「原因」と単純に言えるものではありません。
しかし、心理的・社会的なストレスは、更年期症状の現れ方や本人が感じる負担に影響する可能性があります。
企業側から見ると、ここには一つの重要な問題があります。
会社から最も大きな責任を求められる時期と、家庭でも大きな役割を担う時期が重なっている人がいるということです。
だからこそ、更年期支援を単なる「女性特有の体調管理」として終わらせず、働き方やキャリア支援まで含めて考える必要があります。
6.代表的な症状① ホットフラッシュ・発汗などの血管運動症状
更年期症状としてよく知られているのが、ホットフラッシュです。
突然、顔や首、胸などが熱くなり、ほてりや発汗を感じます。夜間に起こると寝汗となり、睡眠を妨げることもあります。
こうした症状を血管運動症状(VMS:vasomotor symptoms)と呼びます。
ホットフラッシュや寝汗は更年期に非常によくみられ、症状が長期間続く人もいます。
最も有効な治療はホルモン補充療法
ホットフラッシュをはじめとする血管運動症状に対して、最も有効性が確立している治療がホルモン補充療法(HRT)です。
ただし、誰にでもHRTが適しているわけではありません。
年齢、閉経からの期間、既往歴、乳がんや血栓症などのリスクなどを確認したうえで、医師と相談して治療を選択します。
HRTを希望しない場合や使用できない場合には、症状や患者さんの背景に応じて、漢方薬や一部の抗うつ薬など、非ホルモン治療が検討されることもあります。
大豆イソフラボンやエクオールなどのサプリメントも広く知られていますが、ホットフラッシュに対する治療効果について、HRTと同程度の確立したエビデンスがあるわけではありません。
「自然なものだから安全」「更年期には全員エクオール」と考えるのではなく、一つの選択肢として位置づける必要があります。
日常生活でできること
薄着や重ね着で温度を調整しやすくする、室温を調整する、症状のきっかけになるものが本人にあれば避ける、といった工夫によって過ごしやすくなることはあります。
ただし、これらは症状への対処法と、医学的に有効性が確立した治療とは分けて考える必要があります。
企業であれば、
・制服や服装規定を柔軟にする
・空調を調整できる環境を作る
・短時間休憩を取りやすくする
・必要に応じて席や勤務場所を調整する
といった対応が、実際の働きやすさにつながる場合があります。
7.代表的な症状② 不眠・不安・抑うつなどの精神神経症状
更年期には、不眠、気分の落ち込み、不安、イライラ、集中力の低下などを訴える人もいます。
ただし、これらの症状をすべて「女性ホルモンが減ったから」と考えるのは適切ではありません。
睡眠不足、仕事上のストレス、家庭環境、身体疾患、うつ病や不安症など、さまざまな要因によって同じような症状が起こります。
また、夜間のホットフラッシュや寝汗によって睡眠が中断され、その結果、日中の疲労感や集中力低下につながっている場合もあります。
したがって、精神症状が強い場合には、婦人科だけでなく、必要に応じて精神科・心療内科などと連携することもあります。
治療も一律ではありません。
症状や背景によって、HRT、漢方薬、睡眠に対する治療、抗うつ薬、心理療法などが検討されます。
企業側で重要なのは、
「婦人科を受診したのだから、もう症状はなくなるはず」
と考えないことです。
原因が複数ある場合には、一つの治療だけですべての症状がなくなるとは限りません。
企業が確認すべきなのは治療内容ではなく、
「現在、仕事をするうえでどのようなことに困っているか」
です。
8.「本人が気をつけること」だけでは解決できない
更年期のセルフケアとして、規則正しい睡眠、適度な運動、体重管理、禁煙、ストレスマネジメントなどが勧められることがあります。
これらは中高年以降の健康維持という意味でも重要です。
しかし、働く女性に対して、
「よく寝ましょう」
「運動しましょう」
「ストレスを減らしましょう」
と伝えるだけでは十分ではありません。
例えば、
睡眠を確保する
→ 長時間労働や深夜勤務が続いていないか
生活リズムを整える
→ 不規則なシフトになっていないか
ストレスを減らす
→ 業務量や人間関係に問題がないか
ホットフラッシュに対応する
→ 制服や室温を調整できるか
というように、セルフケアと職場環境はつながっています。
企業が本人の生活習慣を管理する必要はありません。
一方で、本人が健康を維持しようとしても、それを妨げる働き方になっていないかを確認することはできます。
9.日本の研究でも、労働環境と更年期症状との「関連」が示されている
国内でも、働く女性の更年期症状と労働環境の関係を調べた研究があります。
内閣府経済社会総合研究所が2025年6月に公表した研究では、45~56歳の働く女性2,731人を分析しています。
簡略更年期指数(SMI)で中等症~重症に分類された人は40.0%でした。
一方、更年期症状の緩和や予防を目的として、市販薬を含む医薬品等を使用していた人は19.4%でした。
さらに多変量解析では、SMI26点以上の中等症~重症に分類されることと、
・BMI 25以上
・婦人科疾患の既往
・閉経移行期・閉経期にあること
・5kg以上の重量物を1日1回以上持ち上げる労働環境
・月1回以上の深夜勤務
との間に統計学的に有意な関連が認められました。
ここで重要なのは、「重量物を持つと更年期障害になる」「夜勤をすると更年期障害になる」と、この研究だけから因果関係を断定することはできないという点です。
この研究はインターネット調査に基づく観察研究です。
しかし、個人の身体的要因だけでなく、働き方に関する要因も症状の強さと関連していたことは、企業にとって重要な示唆です。
更年期対策を、
「本人が病院へ行く」
「本人が生活習慣を改善する」
だけで終わらせず、職場環境についても確認する理由がここにあります。
10.企業が見るべきなのは「更年期かどうか」ではなく「仕事上、何に困っているか」
更年期は、閉経前5年間と閉経後5年間を合わせた約10年間です。
この時期には、ホットフラッシュ、発汗、不眠、気分の変化など、さまざまな症状が現れることがあります。
症状にはエストロゲンの変動・低下だけでなく、加齢による身体的変化、心理的要因、社会的・環境的要因などが複雑に関係しています。
そして、日常生活に支障が出るほど症状が強い状態が更年期障害です。
重要なのは、更年期障害には治療の選択肢があるということです。
ホットフラッシュなどの血管運動症状にはHRTという有効性の高い治療がありますし、症状や背景によっては非ホルモン治療など別の選択肢もあります。
企業が診断や治療をする必要はありません。
また、従業員に「更年期ですか?」と確認する必要もありません。
企業が聞くべきなのは、
「仕事をするうえで、今どのようなことに困っていますか?」
です。
暑さがつらいのであれば、服装や室温を調整できるかもしれません。
眠れず朝がつらいのであれば、一時的に始業時間を調整できるかもしれません。
通院が必要なのであれば、時間単位年休や中抜けが使えるかもしれません。
そして症状が強ければ、婦人科などの医療機関へ相談するという選択肢を伝えることができます。
更年期支援の目的は、「更年期の女性を特別扱いすること」ではありません。
治療できる症状によって、本人が働くことやキャリアを諦めなくてもよい環境をつくること。
そのために、正しい医学的知識と、柔軟な職場環境の両方を用意することが、企業にできる更年期支援だと考えます。
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執筆・監修
内田 美穂(産婦人科専門医/医療法人社団レースノワエ 理事長、フィデスレディースクリニック田町 院長、フィデスレディースクリニック上野 総括院長)
出典
出口恭子・牛込陽菜・野村恭子「働く女性の更年期症状に影響を及ぼす因子の解明に向けて:インターネットパネルに基づく分析」内閣府経済社会総合研究所 ESRI Discussion Paper No.401、2025年6月(調査実施:2021年9月、45〜56歳の就労女性2,731名)
内閣府経済社会総合研究所 ESRI Discussion Paper No.401:https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/e_dis/2025/e_dis401.html