月経困難症 受診への橋渡し

「市販薬でやり過ごす」を職場の標準にしない
――月経困難症と婦人科受診率2割の現実

日本医療政策機構の調査によれば、婦人科クリニックを定期的に受診している働く女性は約2割にとどまります。つらい生理痛があっても、多くの従業員はドラッグストアの鎮痛薬でしのぎ、誰にも相談しないまま毎月を乗り切っています。本人の「このくらい普通だから」という思い込みの裏で、同調査は婦人科系疾患を抱えて働く女性の医療費と生産性損失が年間少なくとも6.37兆円(医療費1.42兆円、生産性損失4.95兆円)に達すると推計しています。

つまり企業にとっての本当の課題は、症状そのものよりも「治療できる状態なのに、誰も医療につながっていない」という構造です。本稿では、月経困難症という疾患を入り口に、従業員を受診へ橋渡しするために企業ができることを考えます。

PMSと混同していませんか――月経困難症の正しい理解

社内研修などでPMS(月経前症候群)を扱う企業は増えましたが、月経困難症はそれとは区別される概念です。PMSが月経前にあらわれる心身の不調を指すのに対し、月経困難症は月経そのものにともなって生活に支障をきたす症状――下腹部痛や腰痛のほか、頭痛、吐き気、下痢、抑うつなど――が出る状態をいいます。従業員が「生理中だけ極端に調子を崩す」のであれば、検討すべきはPMS対策ではなく月経困難症への対応です。

規模感も把握しておきたいところです。日本の若年女性では70〜80%に月経困難症の症状があり、3分の1以上は投薬が必要な水準にあるとされます。女性が働く職場であれば例外なく存在する、と考えるべき頻度です。

なぜ「我慢」が危険なのか――背景疾患と不妊リスク

月経困難症には、原因となる病気がない「機能性」と、病気が背後にある「器質性」があります。若い世代には機能性が多いものの、器質性の代表疾患である子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症のなかには、進行すれば手術が必要になったり、不妊症の原因になったりするものが含まれます。

ここが人材戦略との接点です。20〜30代の従業員が受診しないまま症状を抱え続けることは、毎月のコンディション低下にとどまらず、数年後にライフプランとキャリアの両立を揺るがす事態の芽を放置することを意味します。市販薬で痛みを抑えられているかどうかにかかわらず、症状が続くなら婦人科での評価が必要――この認識を組織として持てるかが分かれ目になります。

「薬が怖い」という従業員へ――治療をめぐる誤解と実際

受診をためらう理由として多いのが、ホルモン剤への漠然とした不安です。しかし実際の治療は選択肢が広く、個々の体質や働き方に合わせて調整できます。

保険適用の低用量ピル(LEP製剤)は月経困難症治療の代表的な選択肢で、避妊用ピルと同じ作用の仕組みを持ちます。血栓症のリスクが懸念される方――肥満、喫煙習慣、高血圧、40歳以上、前兆のある片頭痛など――には、そのリスクが少ないジエノゲストというホルモン剤があります(初期に不正出血が出やすいものの、継続で軽減し、服用方法の工夫でもコントロール可能です)。さらに、毎日の服薬自体が負担なら、子宮内に装着して約5年効果が続くミレーナという選択肢もあり、2014年から月経困難症に保険適用されています。漢方薬を含め、これ以外の方法もあります。

市販薬にも副作用はあります。大切なのは薬を避けることではなく、副作用が出たときに適切に対応してくれる医療機関で処方を受けることです。この事実が社内に共有されているだけで、受診への心理的ハードルは大きく下がります。

企業の役割は「受診への橋渡し」――3段階で考える

月経困難症対策というと制度づくりが先行しがちですが、受診率2割という現実をふまえると、施策は「知る→話せる→つながる」の3段階で設計するのが効果的です。

第1段階「知る」
月経困難症が治療可能な疾患であること、放置のリスクを、当事者だけでなく男性管理職を含む全社に伝える。産婦人科医による研修や監修コンテンツは、情報の信頼性と「会社が公式に扱うテーマ」というメッセージを両立できる。

第2段階「話せる」
症状や通院を上司に説明しなくても済む仕組み(時間単位有給、理由を問わない休暇運用、症状が重い日の在宅勤務)を整え、「言い出せないから我慢する」を構造的に解消する。

第3段階「つながる」
産業医・保健師経由の相談導線、提携婦人科の案内、婦人科検診の費用補助など、実際の受診行動まで届く導線を用意する。制度があっても受診につながらなければ、損失は減らない。

おわりに――「かかりつけ婦人科を持つ従業員」を増やすという発想

月経困難症対策のゴールは、休暇制度の利用率でも研修の実施回数でもなく、必要な従業員が婦人科医とつながり、自分に合う治療を続けられている状態です。そのためには、医学的に正確な情報発信と、受診まで届く導線設計の両方が要ります。社外の産婦人科専門医をパートナーに持つことは、その最短ルートのひとつです。

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執筆・監修
産婦人科医 内田 美穂

出典
日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査2016(最終報告)」:https://hgpi.org/lecture/475.html
Japan Health Policy NOW 調査報告:働く女性の健康増進に関する調査結果(2016年):https://japanhpn.org/ja/wh-3/