更年期と健康経営

更年期は経営課題です──年間1.9兆円の損失を防ぐために、人事・健康経営担当者が知っておきたいこと

「最近、ベテランの女性社員の欠勤が増えた」「これまで安定して成果を出していた管理職が、急に自信を失ったように見える」──その背景に、更年期の症状が隠れているかもしれません。

経済産業省が2024年2月に公表した試算によると、女性特有の健康課題による社会全体の経済損失は年間約3.4兆円にのぼり、そのうち更年期症状によるものは約1.9兆円と最大の項目を占めます。損失の中身は、欠勤(アブセンティーイズム)、出勤していても本来の力を発揮できない状態(プレゼンティーイズム)、そして離職です。

更年期を迎える40〜50代の女性は、多くの企業で管理職や熟練人材として中核を担う層と重なります。つまり更年期への対応は、個人の健康問題であると同時に、人材定着と生産性に直結する経営課題なのです。本記事では、人事・健康経営担当者が押さえておくべき更年期の基礎知識と、企業にできる支援策を解説します。

人事担当者のための3分基礎知識──「更年期」「閉経」「更年期障害」の違い

まず用語を整理しましょう。医学的には、1年以上月経がない状態を「閉経」と呼び、その閉経をはさんだ前後5年ずつ・計10年間が「更年期」です。この時期、女性ホルモン(エストロゲン)は性成熟期のピークから急激に減少します。

この期間に現れるさまざまな不調のうち、ほかの病気によらないものを「更年期症状」と呼び、そのなかでも日常生活に支障をきたすレベルのものを「更年期障害」と区別します。「症状はあるが働けている」状態と「業務や生活に支障が出ている」状態は異なる、という点は、職場で従業員の状況を理解するうえでも重要な視点です。

もうひとつ押さえておきたいのは、更年期障害の原因がホルモン低下だけではないことです。エストロゲンの変動に加えて、加齢に伴う身体的変化、社会的・環境的要因、本人の性格傾向が複合的に絡み合って症状を引き起こします。この年代の女性は、子どもの自立、親の介護、配偶者との関係の変化、職場での責任増大やキャリアのプレッシャーなど、複数のライフイベントが重なりやすい時期にあります。職場のストレス環境そのものが症状の増悪要因になり得る──これは企業側が直接関与できる部分でもあります。

症状は仕事のパフォーマンスにどう影響するか

■ ホットフラッシュ(血管運動神経症状)
更年期症状の代表が、突然のほてり・のぼせ・発汗を特徴とする「ホットフラッシュ」です。冷えを伴うこともあり、これらは総称して血管運動神経症状と呼ばれます。更年期の比較的早い段階から現れ、70〜80%の女性が自覚するとされる頻度の高い症状で、長い場合は10年ほど続くこともあります。また、肥満傾向のある方ほど症状が重くなることが知られています。

職場の場面に置き換えると、会議中・商談中・接客中に突然顔から汗が噴き出す、人前に立つことが不安になる、といった形で現れます。症状そのものに加えて「また起きたらどうしよう」という予期不安が、プレゼンや顧客対応など重要な業務の回避につながることもあり、本人のパフォーマンスとキャリア意欲の両方を削っていきます。

■ 不眠・不安・抑うつなどの精神症状
もうひとつ職場で問題になりやすいのが、不眠、不安、抑うつといった精神症状です。睡眠の質の低下は日中の集中力・判断力の低下に直結し、プレゼンティーイズムの典型的な要因となります。また、抑うつ的な状態が続けば、メンタルヘルス不調による休職や離職のリスクも高まります。

注意したいのは、これらの精神症状はエストロゲンの減少だけが原因ではないため、ホルモンを補充すれば必ず改善するというものではないことです。社会的・環境的要因や性格の影響が大きく、職場の人間関係や業務負荷が症状を左右する場合もあります。だからこそ、医療だけに任せるのではなく、職場環境の側からのアプローチに意味があるのです。

見落とされがちな3つの視点

更年期支援を検討する際、企業が見落としやすいポイントが3つあります。

「治療できる」ことが知られていない
ホットフラッシュにはホルモン補充療法が最も有効とされ、ほかにも漢方薬、大豆イソフラボン由来のエクオール、向精神薬などの選択肢があります。精神症状にも漢方薬・向精神薬・睡眠薬による治療があります。「年齢のせいだから仕方ない」と本人も周囲も思い込み、受診に至らないケースが少なくありません。

管理職(特に男性)の理解が成否を分ける
症状を打ち明ける相手は直属の上司であることが多く、上司に基礎知識がなければ「やる気の問題」と誤解され、本人はますます言い出せなくなります。管理職向けの教育は支援施策の土台です。

更年期は「全員がいつか通る道」である
更年期はすべての女性が避けて通れないライフステージです。現在40代の社員だけの問題ではなく、若手女性社員にとっては将来のキャリア継続に関わるテーマであり、企業の長期的な人材戦略そのものに関わります。

企業が今日から取り組める支援施策

更年期に関して企業ができることは、特別な設備投資ではなく、知識・制度・相談導線の整備が中心です。

ヘルスリテラシー教育
全従業員向けのセミナーやeラーニングで更年期の基礎知識を共有する。管理職向けには「部下から相談されたときの対応」まで踏み込んだ研修を行う。

柔軟な働き方の整備
症状の波に合わせて使えるテレワーク、時差出勤、時間単位休暇など。体調不良時に「休む」以外の選択肢があることがプレゼンティーイズム対策になる。

相談導線の設計
産業医・保健師への相談窓口を明確にし、上司を介さずアクセスできるルートを用意する。婦人科受診を促す情報提供もあわせて行う。

職場環境の小さな配慮
服装規定の柔軟化、執務環境の温度調整、デスク配置への配慮など、ホットフラッシュへの実務的な対応。

健康診断・受診支援
婦人科健診の費用補助や就業時間内受診の容認など、従業員が婦人科にかかりやすい仕組みをつくる。

こうした女性の健康支援への取り組みは、経済産業省の「健康経営優良法人」認定の評価項目にも含まれており、人材採用・定着の面でも企業価値の向上につながります。経産省の試算では、女性の健康課題への支援施策により約1.1兆円のプラスの経済効果が期待できるとされています。

まとめ──正しい知識と専門医との連携が第一歩

更年期の症状は多様で個人差が大きく、原因も複合的です。だからこそ、企業内の制度整備とあわせて、産婦人科専門医の知見を取り入れることが効果的です。セミナーでの正確な情報提供、相談体制の構築、施策設計への医学的助言など、専門医と連携することで、支援施策は「形だけ」で終わらず、従業員に実際に届くものになります。

中核人材が症状を抱えながら静かに離職していくのか、適切な支援のもとで力を発揮し続けるのか──その分かれ目は、企業の準備にかかっています。

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執筆・監修
内田 美穂(産婦人科医)

出典
経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(2024年2月):https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf