「心と体の距離感」をどう教えるか|学校の性教育・生命の安全教育
「性教育」と聞くと、妊娠や性感染症について学ぶ授業を思い浮かべる先生方も多いのではないでしょうか。
しかし、性教育で学ぶことは、それだけではありません。友達や恋人との関係、相手との距離の取り方、自分の気持ちの伝え方なども、大切な学習内容です。
人との適切な距離感を理解することは、良好な人間関係を築くだけでなく、性暴力やハラスメントの予防にもつながる重要なテーマです。
この記事では、学校で「心と体の距離感」を教える際に大切にしたい考え方と、授業で使える具体的な声かけをご紹介します。
距離感は「生命(いのち)の安全教育」の重要なテーマ
文部科学省の「生命(いのち)の安全教育」では、自分と相手の心と体を尊重することを重視しています。
2026年3月に改訂された教材では、小学校高学年から「心と体の距離感(境界線)」について学び、相手の同意なく境界線を越える性的な行為は性暴力であることや、境界線が守られないときの対応方法を学びます。
中学校では、それらの理解を深めながら、性的同意、デートDV、インターネットやSNSを通じた被害などへと学習を広げていきます。
つまり、距離感を学ぶことは、自分の心と体を守るだけでなく、相手の権利を尊重し、性暴力の加害者にもならないための大切な学習です。。
「なんか嫌だ」という気持ちを大切にする
子どもたちにまず伝えたいのは、「なんか嫌だ」「ちょっと違うな」と感じる自分の気持ちを大切にしてよいということです。
例えば、次のような場面です。
- 本当は嫌なのに、断りにくくて相手に合わせてしまった
- 望んでいないのに、体に触れられた
- 勝手にスマートフォンを見られて、嫌な気持ちになった
- 自分の話したくないことを、しつこく聞かれた
こうした違和感は、自分が大切にしたい境界線について考えるきっかけになります。
心地よいと感じる距離感は、人によって異なります。同じ相手であっても、その日の気分や状況によって変わることがあります。
大切なのは、自分が望む距離感を大切にすると同時に、相手にも相手が望む距離感があることを理解することです。
自分も相手の境界線を越えてしまうことがある
授業で特に扱いたいのは、自分の行動が、知らないうちに相手の負担になっている可能性があるという視点です。
例えば、次のような行動です。
- 相手の同意を得ずに、体に触れる
- 断られているのに、何度も誘う
- 恋愛や家庭の事情など、相手が話したがらないことをしつこく聞く
- 頻繁な連絡や、すぐに返信することを求める
- 自分の希望に合わせるよう、相手にプレッシャーをかける
本人は「仲良くなりたい」「心配しているだけ」という気持ちかもしれません。
しかし、自分に悪気がなかったとしても、相手が嫌だと感じる行動を正当化することはできません。
特に身体への接触や性的な行為については、相手の同意を尊重することが不可欠です。「嫌だと言われなかったから大丈夫」と判断してはいけません。
こうした境界線の問題は、友達同士や恋人同士だけでなく、家族、部活動の先輩・後輩など、さまざまな関係で起こり得ます。
相手の意思を無視した行動が繰り返されれば、ハラスメントや暴力につながる場合もあります。
子どもに教えたい3つの行動
自分の距離感が守られていないと感じたときには、次の3つの行動を選択肢として教えましょう。
「嫌だ」と伝える
自分が望まないことを、言葉や態度で示す。
相手から距離を置く
その場を離れる、関わりを減らすなど、自分の安全を優先する。
信頼できる大人に相談する
保護者や教職員、スクールカウンセラーなどに助けを求める。
ただし、これらの行動がいつでもできるとは限りません。
相手が怖かったり、立場が上だったりすると、「嫌だ」と言えず、逃げることも難しい場合があります。
嫌だと言えなかったことや、抵抗できなかったことは、決して本人が悪いという意味ではありません。
また、「嫌だ」と言われた側の行動も大切です。
相手から断られたときには、その意思を尊重し、無理に自分の希望を通そうとしないこと。
自分の気持ちを伝える力と、相手の気持ちを受け止める力。この両方を育てることが、安心できる人間関係につながります。
「はっきり断れない」子どもには、さまざまな伝え方を
「嫌だ」とはっきり伝えることは、大人でも難しいものです。
「嫌われたくない」「相手を怒らせたくない」「仲間外れにされたくない」など、子どもたちが自分の気持ちを伝えられない理由はさまざまです。
そのため、強い口調で断ることだけが自分を守る方法ではないと伝えましょう。
例えば、次のような言葉も使えます。
「今日はやめておくね」
「それはちょっと苦手なんだ」
「今は答えたくないな」
「それはしてほしくない」
「少し考えさせて」
日常の断りにくい場面では、このような表現を練習することも役立ちます。
ただし、相手が無理に触れてきたり、脅したりするような場面では、上手に断ることよりも安全を確保することが優先です。
また、断ったのに相手が受け入れない場合には、一人で解決しようとせず、大人に助けを求めてよいことを教えてください。
学校で教える際に大切なこと
① 相談できる環境を整える
「困ったら大人に相談して」と教える以上、学校側にも相談を受け止める体制が必要です。
児童生徒から被害の相談を受けた場合には、責めたり、無理に詳しい話を聞き出したりせず、まず安心して話せる環境を整えます。
「話してくれてありがとう」と伝え、必要に応じて養護教諭、スクールカウンセラー、専門機関などと連携しましょう。
② 我慢することを美徳にしない
「みんな仲良くしましょう」という指導が、「嫌なことも我慢しなければならない」という意味にならないよう注意が必要です。
良好な人間関係とは、どちらか一方が我慢し続ける関係ではありません。
自分の意見を伝え、相手の気持ちにも耳を傾け、お互いが納得できる関係を目指すことが重要です。
ただし、身体への接触や性的な行為など、本人が望まないことを、話し合いによって受け入れさせるべきではありません。
③ 被害経験のある子どもに配慮する
授業を受ける子どもの中には、すでに性暴力やハラスメントの被害を経験している子どもがいる可能性があります。
授業で個人的な経験を無理に話させないことや、必要に応じて授業から離れられるようにすることも大切です。
ロールプレイを実施する場合にも、架空の事例を使い、参加を強制しないなどの配慮が求められます。
お互いを尊重できる関係を育てるために
人との距離感は、一度学んだだけで身につくものではありません。
友達との関係、恋愛、部活動、家庭生活など、さまざまな場面を通じて繰り返し考えていくことが大切です。
子どもたちに伝えたいのは、相手を大切にするとは、何でも相手の希望に合わせることではないということです。
自分の気持ちを大切にし、同じように相手の気持ちも尊重すること。
「嫌だ」と安心して言えること。そして「嫌だ」と言われたときに、その意思を尊重できること。
そんな対等で安心できる人間関係を、学校全体で育てていきましょう。
学校・教育機関のご担当者さまへ
フィデスレディースクリニックでは、婦人科診療に加え、学校・企業・団体向けに、女性の健康や性に関する講演・取材協力・記事監修を行っております。生徒・保護者・教職員向けの講演や研修をご検討の方は、下記よりお問い合わせください。
▼講演や取材のお問い合わせ → https://fides.clinic/request/
◇フィデスレディースクリニック田町 → https://fides.clinic/
◆フィデスレディースクリニック上野 → https://fides-ueno.clinic/
監修
内田 美穂(産婦人科専門医/医療法人社団レースノワエ 理事長、フィデスレディースクリニック田町 院長、フィデスレディースクリニック上野 総括院長)
参考資料
- 文部科学省(2026年3月改訂)『生命(いのち)の安全教育 指導の手引き』。18~23ページ(小学校高学年)、23~29ページ(中学校)、4~5ページ(被害を相談された際の対応)
- UNESCOほか(2018年)『International Technical Guidance on Sexuality Education』。特にKey Concept 4、4.2「Consent, Privacy and Bodily Integrity」56ページ