更年期離職を防ぐ職場づくり 人事が知っておきたいHRTと通院支援

月経困難症は「個人の我慢」で終わらせない——健康経営の視点で考える女性の健康支援と生産性

「毎月、決まった時期になると顔色が悪い社員がいる」「体調不良での早退や欠勤が、特定の週に偏っている」——人事や健康経営のご担当者から、こうしたご相談をいただくことが増えています。多くの場合、本人は理由を口にしません。生理にまつわる不調は、職場で最も申告されにくい健康課題のひとつだからです。

しかし、申告されないことと、影響がないことは別の話です。経済産業省が2024年に公表した試算によれば、女性特有の健康課題によって生じる経済損失は年間およそ3.4兆円にのぼり、そのうち月経随伴症状(月経困難症・PMS・過多月経など)に起因する損失はおよそ0.6兆円と見積もられています。損失の中身は、欠勤や休職だけでなく、出社していても本来の力を発揮できない状態、そして離職とその後の採用コストです。

同じ試算では、企業が女性の健康課題への支援に取り組むことで、年間約1.1兆円規模のプラス効果が期待できるとも示されています。つまりこれは、福利厚生の充実という文脈だけでなく、人材の定着と生産性に直結する経営テーマだということです。本稿では、産婦人科の現場から見た「月経困難症」を、企業のご担当者が施策設計に使える形で整理します。

人事担当者のための3分基礎知識——月経困難症とは何を指すのか

月経困難症とは、月経に伴って本人が日常生活に支障を感じるほどの症状が現れる状態を指します。症状は下腹部の痛みだけにとどまりません。腰の痛み、頭痛、吐き気、下痢、そして気分の落ち込みまで、幅広い形で現れます。ここは職場の理解において重要な点で、「お腹が痛いだけ」という前提で制度を設計すると、実態とずれてしまいます。

頻度も決して低くありません。女性労働協会の調査によると、月経困難症は生殖年齢の女性の25%以上に認められ、若年女性ほどその頻度は高いとされています。つまり、従業員に若い女性が多い職場では、月経困難症は決して「一部の人だけの問題」ではありません。複数の社員が月経に伴う症状を抱えながら働いている可能性がある、と考えるほうが実態に近いと言えます。

そして月経困難症は、原因の有無によって2つに分けられます。背景に病気があるものを「器質性月経困難症」、原因となる病気が見当たらないものを「機能性月経困難症」と呼びます。若い世代では機能性が多いとされますが、だからといって放置してよいわけではない、というのが次の論点です。

痛みの背後にある病気——放置が将来の人材リスクになる理由

器質性月経困難症の背景となる代表的な病気には、子宮筋腫、子宮内膜症、子宮腺筋症があげられます。これらの中には、進行すると不妊の原因となるものも含まれます。

この事実は、企業にとって二重の意味を持ちます。ひとつは、症状を我慢し続けた従業員が、いずれ手術や長期治療のために休職せざるを得なくなる可能性があること。もうひとつは、妊娠を望んだ段階で治療が長期化し、キャリアと治療の両立に苦しむケースが生まれることです。どちらも、早い段階で受診できていれば避けられたかもしれない事態です。

「痛みがあるなら我慢せず婦人科へ」というメッセージは、医療者側からは繰り返し発信されています。それでも受診が進まないのは、知識の不足だけが理由ではなく、休みを取りにくい、相談しにくい、といった職場側の環境要因が大きく関わっています。ここに企業が介入できる余地があります。

職場で何が起きているか——欠勤より大きい「出社しているのに動けない」損失

月経困難症による職場への影響を測るとき、欠勤日数だけを見ていると実態を大きく取りこぼします。痛みや吐き気、集中力の低下を抱えたまま出社し、通常の6割・7割のパフォーマンスで一日を過ごす——いわゆるプレゼンティーイズムの状態です。数字に表れにくいため放置されがちですが、月経は毎月訪れるため、年間で積み上がる影響は小さくありません。

具体的には、次のような形で組織に現れます。判断や確認を要する業務でのミスの増加、会議での発言量の低下、繁忙期の稼働の読みづらさ、そして特定メンバーへの業務の偏り。いずれも個人の能力や意欲の問題として誤解されやすく、評価面談で本人が不利に扱われてしまうこともあります。

さらに深刻なのが離職です。症状のコントロールがつかないまま働き続けることに限界を感じ、負荷の軽い職場へ移る、あるいはキャリアそのものを縮小する。育成に時間をかけた人材がこの理由で離れていく損失は、採用コストと引き継ぎコストを含めれば、想像以上の規模になります。

治療の選択肢を知ることが、職場の「言いにくさ」を減らす

企業のご担当者が治療内容まで理解する必要はありません。ただ、「適切な治療で改善が見込める状態である」という前提が共有されているかどうかで、職場の空気は大きく変わります。ここでは代表的な治療を、産婦人科の現場で実際に使われている順に簡潔にご紹介します。

まず、低用量ピルです。避妊目的のものとは別に、月経困難症の治療薬として保険が適用されるピルがあります。作用の仕組みは同じため、症状の緩和と避妊の両方に効果があります。「ピル=避妊」という認識のままだと、服薬している従業員が話題にしづらくなるため、治療薬でもあるという点は社内教育で押さえておきたいところです。

次に、ジエノゲストというホルモン剤があります。ピルの副作用としては血栓症が知られていますが、ジエノゲストではその心配が少ないため、ピルを使いにくい方にも選択できます。具体的には、肥満、喫煙習慣、高血圧、40歳以上、前兆を伴う片頭痛など、血栓が生じやすい条件を持つ方に向いています。一方で不正出血が出やすいという特徴がありますが、服用を続けるうちに落ち着いていくことが多いです。

3つ目が、ミレーナです。子宮内に装着する器具で、含まれるホルモンが月経困難症にも効果を発揮するため、2014年から月経困難症の診断に対して保険で使えるようになりました。医療機関で医師が挿入する必要がありますが、一度装着すると5年間効果が続き、毎日の服薬の手間がなくなります。

このほかにも漢方薬をはじめとする選択肢があり、体の状態やライフスタイルによって適した治療は変わります。だからこそ、従業員が医師と落ち着いて相談できる時間を確保できるかどうかが、企業側の実務課題になります。

見落とされやすい3つの論点

施策を設計する際、次の3点が抜けていると効果が限定的になります。

対象は「更年期世代」だけではない。月経困難症は10代・20代から生じるため、新卒・若手層こそ主要な対象です。女性の健康支援を更年期対策と同一視すると、若手の離職要因を見落とします。

市販薬での対処には限界がある。痛み止めで乗り切る従業員は少なくありませんが、その裏に手術が必要な病気が潜んでいることもあります。また副作用は市販薬でも起こり得ます。大切なのは、副作用が出たときに適切に対応してくれる医療機関で薬を処方してもらうことです。

理解が必要なのは管理職、とりわけ男性管理職。制度をつくっても、承認する側が症状の実態を知らなければ、申請そのものが心理的に難しくなります。教育の対象を女性従業員に限定しないことが、制度を機能させる分かれ目です。

企業が着手できる支援施策——健康経営の実装ステップ

大がかりな制度改定から始める必要はありません。実効性が高く、着手しやすい順に整理します。

全社向けの正しい知識のインプット:産婦人科医による講演・研修やeラーニングで、月経困難症が治療可能な状態であること、背景に病気がある場合があることを共有する。管理職層を必須対象にする。

受診しやすい時間の確保:半休・時間単位有給・フレックス・体調不良時の在宅勤務など、平日の日中に婦人科を受診できる仕組みを用意し、理由を詳細に申告しなくても使える設計にする。

相談導線の可視化:産業医・保健師・外部相談窓口・オンライン診療などの選択肢を一枚にまとめ、入社時と年1回のタイミングで全従業員に配布する。「どこに相談すればよいか分からない」を解消する。

健診・検診の拡充:定期健診に婦人科検診の受診補助を追加する、または補助上限を引き上げる。受診率を健康経営のKPIとして経年で追う。

費用面の支援:治療に用いる薬剤や検査の自己負担に対する補助制度を検討する。特に若手層では、費用が受診の障壁になっているケースがあります。

これらの取り組みは、健康経営優良法人の認定要件で重視される「女性の健康保持・増進に向けた取り組み」とも整合します。認定取得を目指す企業にとっては、採用広報や投資家向け開示で説明可能な実績としても機能します。まずは自社の休暇取得データや健診受診率を確認し、どこに壁があるかを把握するところから始めてみてください。

まとめ——専門医と連携することで、制度は「使われる制度」になる

月経困難症への対応は、従業員個人の努力に委ねられている限り、成果につながりません。症状の実態を組織として理解し、受診と治療にアクセスできる環境を整えることが、プレゼンティーイズムの改善、離職の抑制、そして採用競争力の向上という形で企業に返ってきます。

一方で、医学的に正確な情報を社内に届けること、自社の状況に合った施策を選ぶことは、人事部門だけで完結させるのが難しい領域でもあります。産婦人科の専門医が研修設計や情報発信に関わることで、内容の信頼性が担保され、従業員が「相談してよいことなのだ」と受け止めやすくなります。制度と医療をつなぐ役割を、外部の専門家と一緒に担っていただければと思います。

企業・団体のご担当者さまへ

フィデスレディースクリニックでは、婦人科診療に加え、企業・団体向けに女性の健康課題に関する講演、取材協力、Well-being経営サポートも行っております。

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執筆・監修
内田 美穂(産婦人科専門医/医療法人社団レースノワエ 理事長、フィデスレディースクリニック田町 院長、フィデスレディースクリニック上野 総括院長)

出典
経済産業省 ヘルスケア産業課「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(令和6年2月)
経済産業省 資料:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf
東京都「働く女性のウェルネス向上委員会」専門家コラム「女性の健康課題の経済損失は『年間3.4兆円』解消で人材定着・生産性向上・投資などに期待」
東京都 専門家コラム:https://women-wellness.metro.tokyo.lg.jp/columns/15/