女性ホルモン低下が企業の生産性に与える影響とは──健康経営の視点で考える「エストロゲン」と職場の関係
「更年期で辞める管理職候補が続く」「若手女性社員の体調不良による欠勤が減らない」
──こうした職場の課題の背景には、女性ホルモン「エストロゲン」の変動が関わっているケースが少なくありません。
経済産業省は2024年、月経随伴症状・更年期症状・婦人科系がん・不妊治療といった女性特有の健康課題による社会全体の経済損失を年間約3.4兆円と試算しました。同時に、企業が適切な支援に取り組んだ場合、年間約1.1兆円規模のプラス効果が見込めるとも報告されています。女性の健康課題は、もはや「個人のプライベートな問題」ではなく、人材定着と生産性に直結する経営課題です。
本記事では、産婦人科医の立場から、エストロゲンの基礎知識と、その変動が働く女性に与える影響、そして企業が取り組める支援策をわかりやすく解説します。
エストロゲンとは?──人事担当者のための3分基礎知識
女性ホルモンと呼ばれるものには、エストロゲンとプロゲステロンの2種類があります。このうちエストロゲンは、月経周期や妊娠といった生殖機能を支えるだけでなく、骨・血管・皮膚・脳(メンタル)など全身の健康維持に関わる、いわば女性の心身のコンディションを支える土台のようなホルモンです。
エストロゲンの分泌量は、月経周期の中で大きく波を描くだけでなく、ライフステージによっても変化します。産後や閉経前後(更年期)には大きく低下し、さらに20〜30代であっても、過度なダイエットや強いストレスによって分泌が落ち込むことがあります。つまり、若手からベテランまで、あらゆる年代の女性従業員に関わるテーマなのです。
エストロゲンの変動が働く女性に与える5つの影響
メンタルヘルス──「不安をやわらげる」働きが失われると
エストロゲンには気分を安定させ、不安をやわらげる働きがあります。そのため分泌が大きく低下する産後や更年期には、抑うつ傾向が現れやすくなります。職場では「集中力が続かない」「ミスが増えた」「会議で発言しなくなった」といった形で現れ、出勤していても本来のパフォーマンスを発揮できないプレゼンティーイズムの一因となります。
骨の健康──将来の長期離脱リスクに直結
エストロゲンは骨密度の維持に欠かせません。骨密度は20歳前後でピークを迎えた後ゆるやかに低下し、閉経前後に急激に減少します。骨粗鬆症が進むと骨折リスクが高まり、姿勢の変化や身長の低下だけでなく、重症例では就労継続が困難になることもあります。従業員の健康寿命と就労寿命の両方に関わる問題です。
血管・心臓──動脈硬化、心筋梗塞・脳卒中のリスク
エストロゲンには血管をしなやかに保つ働きがあり、低下すると動脈硬化が進行し、心筋梗塞や脳卒中のリスクが上昇します。閉経が早いほどこのリスクは高まります。また喫煙は血管の老化を早めるうえに閉経も早めるため、女性従業員への禁煙支援は健康経営施策として二重の意味を持ちます。
体重・代謝──閉経後に肥満が増える理由のひとつ
エストロゲンが高まる時期は活動的になり食欲が落ち着く傾向がある一方、閉経後はエストロゲン低下の影響もあって肥満が増えやすくなります。肥満は生活習慣病だけでなく、過剰なエストロゲンを介して子宮体がんや乳がんのリスク上昇にもつながるため、体重管理のサポートも重要です。
皮膚・見た目の変化──本人のQOLとセルフイメージ
皮膚のハリを支えるコラーゲンや水分量の維持にも、エストロゲンが関わっています。分泌の低下はハリの低下やシワの増加につながり、健康課題であると同時に、本人の自信やQOLに影響する変化として、周囲の理解が求められる部分です。
「更年期世代だけの話」ではない──20〜30代に潜むエストロゲン低下
見落とされがちなのが、若手従業員のエストロゲン低下です。無理なダイエットで体脂肪やコレステロール(エストロゲンの材料)が不足したり、過度なストレスにさらされたりすると、20〜30代でも分泌が低下し、骨粗鬆症や動脈硬化のリスクが静かに進行します。
最初のサインとして現れやすいのが月経の異常です。「月経が来ない」「経血量が明らかに変わった」といった変化は、放置せず婦人科で超音波検査やホルモン検査を受けるべきシグナルです。従業員が違和感の段階で受診できる職場風土と制度づくりが、重症化と離職を防ぎます。
企業が取り組める4つの支援策
ヘルスリテラシー教育:女性特有の健康課題に関する研修・セミナーを、女性だけでなく管理職・男性従業員も対象に実施する
受診しやすい環境整備:通院に使える休暇制度や柔軟な勤務制度を整え、婦人科受診への心理的ハードルを下げる
相談導線の確保:産業保健スタッフや外部の産婦人科医と連携した相談窓口を設け、不調を早期にキャッチする
健診の充実:婦人科検診オプションの追加や受診勧奨により、ホルモン関連の不調や疾患の早期発見につなげる
これらの施策は、健康経営優良法人認定の評価項目とも親和性が高く、採用力・定着率の向上にも寄与します。
まとめ──産婦人科専門医と連携した健康経営を
エストロゲンは、メンタル・骨・血管・代謝など、働く女性のパフォーマンスの土台を支えるホルモンです。その変動への理解と支援体制の有無が、これからの企業の人材戦略を左右します。自社だけで制度設計や教育を行うのが難しい場合は、女性の健康を専門とする産婦人科医との連携が近道です。
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執筆・監修
産婦人科医 内田美穂(フィデスレディースクリニック)
出典
経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(2024年2月):https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf